5月の法話(令和5年)
自分がされて嫌なことは、他の人も同じように嫌なのです
だから傷つけたりしてはいけないのです
【今月の法語】
「すべての者たちにとって命は愛おしい。
自分の身にあてはめてみて傷つけてはならない」 発句経(ダンマパダ)
【法 話】
お釈迦様のおはなしをひとつ紹介します。
このお話は、ハシノク王とマツリカ妃のお話です。ある時ハシノク王が、マツリカ妃に尋ねました。「この国は、豊に栄え民衆も穏やかに過ごし、何の不足もない。そんな中でだが、そなたにとって一番いとおしいものは何ですか?」と。もしかしたら、王様は「王様あなたです」と答えてほしかったのかもしれません。けれども、お妃は「王様です」とは答えずに、「私にとって一番愛おしいもの、一番大切なものは自分です。」と答えました。王様は最初その答えに不満でした。けれども、逆にお妃が王様に同じように質問されました。王様はじっくりと考えて、「そうだ、私もそなたと同じだ。自分が一番愛おしい」と答えられたのです。
王様は自分たちの答えが本当に正しいものであるのかを、お釈迦さまに尋ねに行かれます。お釈迦様は「その答えで間違いない。」と答えられ、「だからこそ自分以外の人も、自分が一番かわいいと思っていることに気づかねばならないのです。」とおっしゃられました。
ここに仏教の原点があります。仏教というと「不殺生(ふせっしょう)」つまり、他のいのちを傷つけたり殺したりしてはならないという戒めに思いが至ると思います。この不殺生をお釈迦さまはこのように教えているのです。「己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。」と。
5歳児と先生の会話をご紹介します。その幼稚園では年に一回、親鸞聖人のへ報恩講の際には、園児にも給食で精進料理を食べてもらっています。命をいただいていることへの感謝を学ぶとてもいい機会だからです。その給食が終わった後、5歳の男の子が、先生に向かって「牛さんや豚さんやお魚さんは偉いよね」と言いました。はじめ先生はピンときませんでした。
精進料理の趣旨が「命をいただいているんだよ」「感謝しないといけないよ」という教えですから、「牛さんや豚さんやお魚さんに感謝しないといけないね」と言ってきたら、「そうだね」と即座に答えたことでしょう。けれどもその子は「えらい」と言ってきました。「えらいよね」とはどういうことなんだろう。先生はその子に聞きました。「どうして偉いなあと思ったの」すると、その子は、「僕はこの前けがをしたけどとっても痛かったから、もうけがなんかしたくないと思った。でも、牛さんや豚さんたちは、僕よりも、もっともっと痛い思いをして、僕たちに命をくれたんでしょう。だから偉いなあと思ったんだ」その子の言葉を聞きながら、先生は驚きと同時に、恥ずかしさでいっぱいになりました。この子は、生き物たちの痛みを自分自身の痛みと重ねているんだ、そして自分にはできないことをやっているからすごいと、生き物たちを見ているのです。自分は感謝しましょうとはいいながら、この子のように水平な目線で他のいのちを観てはいなかった、なのに、偉そうに「感謝しましょう」と言っていたなあと。子どもだからそんなふうに考えるのよ、ということも聞こえてきそうですが、それよりもはるかにこの子の感性は、大切なことを私たちに教えてくれていると思います。