5月の法話|お知らせ

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お知らせ

2026.04.30

法話

5月の法話

違うままで、同じ 


 


ここに仲間外れはありません


インターネットで「自分はアメリカ人だが、アジアの文化である仏教を学んでもいいのだろうか?」という書き込みを見たことがあります。私は日本で生まれ、お寺で育てられたのでそのような疑問を持ったことはないのですが、もしかすると、この質問者は、アメリカ人の自分がお寺に行って受け入れてもらえるのか不安があったからこそインターネットで自身の気持ちを打ち明けたのでしょう。


この不安は私たちに置き換えることができるように思います。年齢や性別、生まれや考え方によって「自分は人とは違うのではないか、仲間に入れてもらえるのだろうか」と悩み、時には人の輪から外れるのが怖くて自分を偽ったり、抑え込んでしまうこともあります。私も人と意見が違うとき、対立するのが嫌で調子を合わせてしまいがちなのですが、やはり息苦しさを感じてしまいます。私たちは百人十色でその違いを完全に乗り越えることはできません。けれども「そのままでいいんだ」と思える時間が少しでもあればそれは私にとって救いになるのかもしれません。


仏教には「一味」という言葉があります。無数にある川の水がどこから来ていようとも、ひとたび海に流れ込めば同じ塩の味となるように、性別や年齢、ルーツや考え方に関わらず、私たちが「平等な仲間」であることを表す言葉です。阿弥陀様は私たちを分け隔てることなく皆が等しく仏になる「一味」という世界を用意してくださいました。それが南無阿弥陀仏のお念仏です。そこには「仲間に入れてもらえるのか」と心配する必要はありません。お参りの際はお念仏を称えながら「そのままの私」に向き合うお時間を過ごしていただけたらと思います。