8月の法話|お知らせ

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お知らせ

2025.07.30

法話

8月の法話

生死の苦海ほとりなし


今年も8月に入り暑い毎日ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。「今月の言葉」は、親鸞聖人が作られた「和讃」という「和語で仏様をお讃えするうた」の中の言葉です。私たちの命は、思うようにならない、ままならない苦悩の連続であり、まるで広い海原に放り投げられて、どこを見ても上がる岸のない状態のようであるという意味になります。


私はこの季節になりますと、思い出すことがあります。今から約三十年前のことでした。鹿児島で八六水害があった次の年だったと思います。鹿児島市与次郎のMBCグラウンドで、毎年の恒例行事になっていた花火大会が、その年も開催されました。次から次に、にぎやかに打ち上げられる花火を、私は会場近くの病院の七階の窓から、暗い気持ちで眺めていました。楽しいはずの花火大会を、なぜそんな気持ちで眺めていたかというと、胃がんが発見され、胃の切除の手術を数日後に控えていたからでした。入院した日がちょうど花火大会の日と重なったということです。早期発見だから手術をすれば大丈夫だと、主治医の先生に言われてはいたものの、不安な気持ちでいっぱいでした。


同じ病室から一緒に、花火を眺めていた入院患者の方が5人おられました。皆さん優しい方ばかりで、一番若かった私を気づかい「若いんだから頑張らないと」と、励まして下さいました。皆さん手術を前にしていた方々でしたが、人を気づかう余裕などなかった私を優しく支えて下さいました。手術が無事に終わり経過も良く、無事に退院の日が来ました。私はおかげさまで予定通り退院できましたが、私にやさしい声をかけてくださった、一緒の病室の方々がその後どうだったのかを知ることもできませんでした。


それから三十年経って今思うことは、命が助かったことへの感謝の思いと、「あの時はたまたま命が救われたけれども、永遠に救われたわけではない」という思いです。私たちはこの命があるか限りは、ままならない、思い通りにならない命を生きていかなければならない存在です。病が治っても、またいつ病に伏していくかわかりません。


そのような苦悩から逃れることのできない私たちに、親鸞聖人は阿弥陀如来の必ず救うというお心を聞いていくことが大切だと仰られます。阿弥陀如来は「岸のない苦悩の海」にいる私たちを、「真実の安らぎのお浄土という岸」へ大いなる願いの船に乗せて必ず渡してくださるのです。私たちは、どんなことがあっても私を救うと仰ってくださる阿弥陀様の願いを聞き、その願いが私のために成就され、いま南無阿弥陀仏のお念仏となっ届いていることを喜ぶ中に、ままならない人生を阿弥陀様と共に歩ませていただくのです。