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8月の法話(令和3年)

8月の法話(令和3年)

【今月の法語】

仏心とは大慈悲これなり 無縁の慈をもってもろもろの衆生を摂す(仏説無量寿経)

【法   話】

「無縁社会」という言葉は何度かお聞きになったことがあるでしょう。
家族、地域、会社などにおける人とのきずなが薄れ、孤立する人が増えている現代社会のこうした一側面を、NHKが「無縁社会」として取り上げたのが、2010年でした。この言葉は2010年の「ユーキャン新語・流行語大賞」のトップテンにも選ばれました。それほどショッキングな言葉だったのです。

従来の日本社会の特徴は、家族親族、地域社会、会社などでの濃密な人間関係でした。こうした関係は血縁、地縁、社縁などと呼ばれて、しがらみとなる一方で、お互いさまという言葉に代表される、支え合いや見守りとしても機能していました。ところが近年、こうしたつながりが急速に失われ、社会から孤立している人が増えています。その背景には、核家族化・非婚化・長寿化による単身世帯の増加や雇用形態やライフスタイルの変化などがあるとされています。社会の変化といえばそれまでですが、現代社会は、病気などの緊急時にSOSを発することができない人も多く、家族や地域、会社が担っていた支え合いの機能が失われてきており、新たな社会的なきずなをどのように作るかが課題になっています。

このような状況のもと、従来の形ではない人と人のつながりづくり、見守り機能の構築など、新しい試みも生まれてきており、寺院も地域コミュニティの中心的な存在としてその役割を果たしていくことが期待されています。

 さて、冒頭の「無縁社会」とは人と人のつながりがない社会を「無縁」と表現しています。見る人がいない墓地を「無縁墓」ということもあり、無縁という言葉は「関係がない、関係が途絶えた」という意味でつかわれますが、仏教では全く逆の意味でつかわれています。今月の法語の「無縁の慈」とは「無縁の慈悲」のことですが、これはつながりのない慈悲という意味ではありません。

仏さまの慈悲を「大慈悲(大悲)」といいますが、同時に「無縁の慈悲」とも言います。なぜかといいますと、仏様の慈悲には制限はなく、私たちすべてを差別なく慈悲の心を持っていただけるためです。「大悲」は無縁の慈悲であり、無縁とは「縁がない」のではなく「縁なきものがない」ということなのです。
私がどんな状況であったとしても、仏様は変わることなく私を慈しんでくださっているということが「無縁の慈悲」なのです。

現代社会はますます「つながりがない社会」になりつつあります。そんな中でも、仏さまの「無縁の慈悲」を仰ぎながら生きている私たちは、『自分自身のあり方としては、欲を少なくして足ることを知る「少欲知足」であり、他者に対しては、穏やかな顔と優しい言葉で接する「和顔愛語」という生き方です。たとえ、それらが仏さまの真似事といわれようとも、ありのままの真実に教え導かれて、そのように志して生きる人間に育てられるのです。』という浄土真宗本願寺派の専如門主の言葉を一つの指針として、つながりのある温かい社会をめざしたいものです。



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