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7月の法話(平成30年)

7月の法話(平成30年)

原文…さるべき業縁のもよほさば、いかなるふるまひもすべし(歎異抄)
現代語訳:然るべき強い業縁に影響されてしまえば、どのような悪事もしてしまうもの

戦後の科学技術の進歩は私たちの想像を絶するほどのものとであります。このおかげで私たちは日常たいへんな恩恵をこうむっております。

特に医学の進歩は大変ありがたく従来、不治の病といわれたものの多くが解消されております。今では、手振れの補正機能の付いた手術支援ロボット「ダビンチ」を使った内視鏡手術などもあり、既存の内視鏡手術だと難しいが、ダビンチによって、より安全にできるようになっています。

このように科学は万能の如く思われています。しかし、科学にはどうしても手の付けられない問題が存在します。医学の進歩は人間の生命を最大限に延ばすことを可能としても、不死ということに対しては無力であります。また次の瞬間にも不慮の事故にあって生命を落とすこともあります。今日かもしれない明日かもしれない生命であります。

次に科学がいかに進歩しても自らの内を見るレントゲンは発見されないでしょう。かつて讃岐(香川県)の願船という大変お念仏を喜んだ浄土真宗の僧侶がいました。彼がある日、高松の眼科医を訪ね次のように言ったといいます。「このワシの眼は質が悪いから丁寧に診て下さい」と。医師は彼の言う通り丁寧に診察したが、どこにも悪いところは見あたらない。医師がそう告げると願船は「どうしても悪いからもう一度診てくれ」という。医師は繰り返し診察したがやはりわるいところはない。だがそう聞いても願船はなおもしつこく「悪いから診てくれ」という。医師はついに立腹し、「悪いところはないから帰ってくれ」といった。すると願船は「この願船の眼は朝起きると同時に、夜寝るまで人の悪い所は蟻の這うような細かいことまでよく見えて、おのれの悪いところは何一つ見えない。どこか眼の球の奥が悪いに違いないと思って診てもらいに来たが、お医者さんでもわからないかのー」とつぶやきながら帰ったといいます。

このような眼はいかに科学に進歩がみられたとしても得られないでしょう。この眼を開けることがお念仏の法であります。

この私のレントゲンにかからないものの中に、より恐ろしい不可解なものが宿されているのであります。このことを悪業煩悩といいます。人はこの自らの中に、さるべき業縁がもよおすと何をしでかすかわからない不可解なものを宿しているのであります。この不可解なものの存在を知らせてくれるものがお念仏の法であります。

しかも誰よりも恐ろしい不可解なもののままで生死出づべき道が開かれ、無上の仏果を得る道なのであります。この宝にあうことが人生最高のよろこびであります。恐いものを持ったままで阿弥陀さまの本願で救ってもらえるのが浄土真宗の教えであります。


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