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6月の法話(平成30年)

6月の法話(平成30年)

原文…恵むに真実の利をもってせんと欲してなり
現代語訳:お釈迦様がこの世にお出ましになられたのは、私たちの真の教えを説いて救い導いてくださるためだったんですね。

介護制度の改革の中で、これまで日本では公的に使われることのなかった「ターミナルケア」という言葉が使用されるようになりました。

ターミナルケアの定義や、このことが用いられるようになった法律上の問題などの難しい側面には触れませんし、十分な知識もありませんが、一つだけ「死んだら終わり」という価値観では、いのちに向き合うことはできないという現場の苦悩が反映されたものであることは確かではないかと思います。

ターミナルケアという言葉自体が宗教的価値観を持った言葉で、決して「死んだら終わるのではない」という死生観を背景にしたものです。一般にターミナルケアは「終末期医療」と訳されます。そしてターミナルとは終末・終着(駅)という意味があります。

鹿児島中央駅は新幹線の終着駅ですが、終着駅は同時に始発駅でもあります。終着駅は終着というだけでなく始発というもう一つの側面を持っており、単に終わりということではないのです。言うまでもなく、ターミナルケアという考えの背景にはキリスト教があり、この世のいのちが終わると神様のもとへ生まれるという「いのち」が始まるということなのです。残された方々にとっても、死んだら終わりでなく、再び出会える世界があることが支えにもなりますし、また別れて初めて出会いの深さを味わうこともあるでしょう。

 人間死んだら終わりで、死後の世界(あの世)なんてない、そんなのは人間が作った迷信だという主張をされていた方が、思いもかけずに子どもさんをなくされたときに「また会える世界はないのでしょうか」と問い尋ねられたということを聞きました。苦悩多き人生を共に歩んでいく出会いを恵まれて、支えられながら生きていく私たちにとって、死んだら終わりと普段は言えても、決してそれだけでは解決しないのが私たちなのではないでしょうか。
 
ある方が、落日をイメージしたラベルの商品を造りました。なんで落日をイメージしたのですかと尋ねたら、「終わりは始まりですからね」と答えられたそうです。自分も大きな病気をして死ということを考え、でも死を考えるところから生きることの大切さや有難さを感じたし、死んで終わりだけでなく始まるものもあるということを実感した。ということでした。

仏教は死んだ後のことばかりを言うと言われます。決して仏教は死んだ後のことばかりを言うのではありませんが、でも死んだ後のことも人間にとっては、という過去の私にとっては、とてもとても大切なことなのです。


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