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6月の法話(令和3年)

6月の法話(令和3年)

【今月の法語】
仏、広大(こうだい)勝(しょう)解(げ)のひととのたまへり この人を芬陀(ふんだ)利(り)華(け)となづく(正信念仏偈)

【法   話】

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今年は例年よりもはるかに早い梅雨入りとなりましたが、この時期は旧鹿児島(鶴丸)城跡のお堀に美しい蓮の花が咲く時期でもありますね。

さて、のし袋や法事菓子などの表装には「蓮(睡蓮) 」がよく描かれています。実際寺院の本堂などでも蓮の絵や彫り物をよく見かけることと思います。実は蓮がよく用いられるのは、仏教と深いかかわりがあるからなのです。

浄土真宗の教えの拠り所となるお経である「仏説無量寿経」や「仏説阿弥陀経」にお浄土の池に蓮の花が咲いているというお言葉があります。お経に蓮が説かれますのは、蓮には以下のような徳があるからと言われています。

①淤泥不染の徳(おでいふぜんのとく)
②泥中清華の徳(でいちゅうせいかのとく)
③一茎一花の徳(いっけいいっかのとく)
④花果同時の徳(かかどうじのとく) 
⑤一花多果の徳(いっかたかのとく)
⑥中虚外直の徳(ちゅうこげちょくのとく)

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すべてをご説明できませんので、この中の1.2番目「淤泥不染の徳」「泥中清華の徳」を紹介します。淤泥とは泥田ということです。蓮の花は清流の中には咲きませんし、高原陸地にも咲きません。どろどろの土に根を下ろしてしか咲きません。泥田の中での蓮根収穫の様子などテレビなどでもご覧になっていると思います。旧鹿児島(鶴丸)城跡のお堀も水は流れず底には泥がたまっています。けれども、その泥に染まることなく綺麗な花を咲かせます。これが私たちの煩悩(淤泥)の中に根を下ろしてさとり(花)を開かせるという仏さまのお働きを象徴しているのです。その蓮の花にもいろんな色がありますが、仏教では白い蓮の花を特に尊重します。この白い蓮の花をインドの言葉では「PUNDARIKA(プンタリーカ)といいます。漢訳で「芬陀利華(ふんだりけ)」です。

浄土真宗の教えの拠り所となるお経である「仏説観無量寿経」というお経には、「もし念仏せん人は、まさに知るべし、この人は、これ人中の芬陀利華なり」と説かれています。お釈迦様はお念仏の教えに出会えた私たちのことを「芬陀利華」とおっしゃるのです。七高僧のおひとりである中国の善導大師は「芬陀利華とは、人中の好人、人中の上上人、人中の稀有人、人中の最勝人なり」と、お念仏の教えに出会えた私たちをほめたたえる言葉なのだと教えてくださっています。数ある宗教の中でも、私たちが神仏をほめたたえるということは当然なのですが、礼拝の対象である仏様が私たちのことを「ほめたたえてくださる(親友とよんでくださる)」という教えはありません。このことは私たちがいただいている教えがいかに尊いものであるかを教えてくださるものであって、決して自惚れるのでなく、なおさら謙虚に自らを省みながら生活をさせていただく教えであるということは申すまでもありません。



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