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1月の法話(平成30年)

1月の法話(平成30年)

何をたよりに生きていきますか

原文…火宅無常の世界は、よろづのこと皆もってそらごと・たわごと    (歎異抄後序)
現代語訳:火宅のような不安な世界は、そらごと、たわごとばかり

 謹んで新春のお慶びを申し上げます。皆さまどのような新年をお迎えになられたでしょうか。去年の正月は一緒に楽しい時間を過ごした方が亡くなられたご家庭や、逆に新しい命の誕生で賑やかになったご家庭もあり、本当に夢まぼろしのようです。人との出会い別れを繰り返す私たちの人生はまるで、刻々とその姿を変える雲を見ているようです。

色々な出会いや別れに一喜一憂しほんろうされている私たちの姿について、「歎異抄」後序には、「火宅無常の世界はよろづのこと、みなもってそらごとたわごとまことあることなきに」と、表現されています。

火宅とは「妙法蓮華経」の中に出てくる比喩の言葉で、私たちが住むこの世界は、ちょうど火事にあってまさに焼け落ちんとしている家のようなものだという意味です。

仏教の根本真理の一つとして、「諸行無常」があります。さまざまな原因と条件によって作られたものは変化して常なるものはないという真実です。

生まれたものはやがて死を迎え、作られたものもいつかは滅びるというのがこの世の真実の姿なのですが、「まさか自分には関係ないこと」と、ついついこの世に執着してしまうのが、欲望多き人間の常なのでしょう。

そのような無常な人生に気がついたとき、私たちはいったい何を頼りに生きていったらよいのでしょうか。この問いに対して、歎異抄では「ただ、念仏のみぞまことにておわします。」(唯一、念仏だけが確かな存在なのです)と、答えておられます。

阿弥陀如来は四十八の願いを発し実現して仏となられました。その願いの根本(本願)である第十八願は、「われにまかせよ、わが名を称えよ、浄土に生まれさせて仏にならしめん」という願いです。

阿弥陀如来は「私の願いをこころから信じ(信心)、疑いなく念仏を申しなさい」言われています。「信心」とは自力で得られるものではなく、阿弥陀如来から頂いた「賜りたる信心」です。

念仏は、阿弥陀如来の必ず救うという呼び声であり、その呼び声に「如来の仰せにおまかせします」と答える声です。疑いを持たずこの本願におまかせするということが、「真実信心」ということであります。

何を信じ頼りに生きていくか、それを決めるのは私自身であります。阿弥陀如来の本願を賜り信じ、お念仏を申しながら、人生を強く明るく生き抜いて参りましょう。


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