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1月の法話(令和2年)

1月の法話(令和2年)

原文:我や先、人や先、今日とも知らず、明日とも知らず        

【蓮如上人御文章(白骨の章)】

現代語訳:人が先か、私が先か、今日か明日かはわかりませんが


新年あけましておめでとうございます。

私たちは新しい年を迎えると、おめでとうございますというご挨拶をしますね。(もっとも最近では昔ながらのお正月という光景はあまり見られなくなったような気もしますが)

ところが、皆様もよくご存じと思いますが、室町時代中期、臨済宗の僧であった一休禅師(一休さん)は、正月に手には竹竿を持ち、その竿の先に人間の髑髏(しゃれこうべ)を刺し、

「門松は 冥途の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」

と叫びながら正月のお祝い気分まっ只中の街中を回ったそうです。

めでたいめでたいと浮かれてばかりいるが、そうしている間にも私たちのいのちは終わりの時に向かって間違いなく進んでいるのだよ、そしてそれがいつなのかもわからないのだ。だから、わが命の無常にしっかりと思いを向けよ!と一休さんは語りかけていたのでしょう。

この一休さんは、本願寺第八代蓮如上人(1415~1499)室町時代に交流があったそうです。これはエピソードですが浄土真宗の宗祖親鸞聖人二百回忌法要が営まれたとき、一休さんは臨済宗ですが、法要に参詣されたそうです。その時に詠んだのが

「襟巻の あたたかそうな 黒坊主 こやつが法は 天下一なり」

という歌です。「襟巻のあたたかそうな黒坊主」とは親鸞聖人のことです。親鸞聖人の姿を彫った御木像を見ますと、黒漆で塗られており襟巻(マフラーのような防寒具)をされていることから、一休さんは親鸞聖人のことをこのように呼んだのでしょう。一休さんは臨済宗ですが、浄土真宗・親鸞聖人の教えを「天下一」と言っていることからも蓮如上人から聞かれた親鸞聖人の教えに敬服していたことがわかります。

さて、今回の言葉はお葬式や還骨法要などでよく耳にされる、蓮如上人の「御文章」(お手紙)白骨の章の一節です。この文章が書かれた背景には、蓮如上人御自身が身近な方々を次々と亡くされたことがあると言われています。年齢に関係なく無常を感じられた中でしたためられたものだったのです。

言うまでもありませんが、無常とは「諸行無常」の語を省略したもので、その意味は、すべてのつくられたものは一瞬もとどまることもなく変化してゆくもので、不変なものは何一つ存在しないという仏教の真理をあらわしたことばです。一瞬一瞬に変化してとどまらない『いのち』と気づき、永遠なるものではないと知ることによって、今日、死んでも不思議ではないいのちが、今、生かされていることに喜びを感じなければなりません。

朝、目が覚めて顔洗い歯を磨いて当たり前の様に食事をする。ひょっとしたら、今生最後の食事かもしれないのです。無常の事実がしらさされば、誰にとってもその一回が、かけがえのない食事であることに気づくはずです。

身近な方々の死の縁によって、他人ごとではない死の事実は私のこととして受け止めていくところに、生に対してかがやきをもつものではないでしょうか。

生と死に輝きを与えてゆこうとされたのが仏法です。親鸞聖人は仏法を「生死(しょうじ)出(い)ずべき道」ととらえ、蓮如上人は「人間のはかなきことは 老少不定のさかいなれば 後生の一大事を心にかけて 阿弥陀仏とふかくたのみまいらせて 念仏申すべきものなり」と、私たちの仏さま(南阿弥陀仏)はこの私を招き呼び、必ず浄土に生まれしめる無量寿の領域が開かれ、生と死の明暗の別なく、無限の智慧と慈悲に生きる世界が恵まれるのではないでしょうか。


平成31年・令和元年 今月の法話
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