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今月の法話(令和3年)

今月の法話(令和3年)

南無阿弥陀仏のお念仏は阿弥陀様のいのちそのもの

【今月の法語】

名号をとなふるは すなはち浄土を荘厳するになると しるべしなり (尊号真像銘文)

【法   話】

「恋しくば 南無阿弥陀仏を称うべし 我も六字のうちにこそ住め」親鸞聖人
(このうたの意味)
私のことを恋しく(なつかしく)おもうことがあるならば、阿弥陀如来の「私に任せなさい。どんな時でもあなたのそばにいて必ず浄土に迎えて仏のさとりを開かせますよ」というお心そのものである「南無阿弥陀仏」の名号(阿弥陀如来の名のり 六字ともいう)を称えなさい。私もこの「南無阿弥陀仏」に生かされていますから、いつでも一緒だと思ってください。

(このうたがよまれた背景)
40歳から60歳くらいまでのおよそ20年間、親鸞聖人は関東(現在の茨城県あたりを中心とした地域)で、お念仏の教えを伝えていく布教に尽力されました。その間に、親鸞聖人を慕うたくさんの門弟も誕生しました。が、60歳を過ぎたころに止むに止まれぬ事情で、突然京都に帰ることを決断されました。現代と違い交通も通信も未発達の当時、関東から遠く離れた京都に帰られることは、その門弟たちとの生涯の別れをも意味することでありました。

みかえりばし

親鸞聖人の教えを聞き、自分自身が必ず仏様にならせていただく身であることを教えられ、お互いは決して修行ができるわけではなく、日々の暮らしに追われている身であっても、阿弥陀様はいつも一緒にいてくださることを知り、南無阿弥陀仏とお念仏を申しながら生きる歩み、それも親鸞聖人と一緒に歩むことを喜んでいた始めた門弟の方々の驚きと悲しみは、並大抵のことではなかったはずです。帰京される親鸞聖人も、関東の人々との別れを大変悲しまれ、なこされたうたがこの歌であったと伝えられています。

どんなに離れていても、私たちはいつでも阿弥陀様と一緒であり、お互いのいのちはこの南無阿弥陀仏の中にあるから、いつでも一緒なんだとあたたかく優し語り掛けてくださっているように思えます。

写真は親鸞聖人と門弟たちが分かれた場「みかえりばし」

(このうたのもう一つの味わい)
命あるものとして生まれ出会いをいただいた私たちは、いつか必ずこの人生を終わってお別れする時を迎えていかなければなりません。けれども、私たちは必ずお浄土に生まれて仏様とならせていだくのですから、先立っていかれた方は、阿弥陀様がいつでもどんな時でも私と一緒にいてくださるように、私と一緒にいて、私の苦悩に寄り添い、私と喜びをともにしてくださるのです。悲しい時寂しい時は「南無阿弥陀仏」とお念仏申せば、亡き方といつでもご一緒であると安心していけますね。

『一人居て喜ばは二人と思うべし、二人居て喜ばは三人と思うべし、その一人は親鸞なり』(御臨末の御書)


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