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今月の法話(令和3年)

今月の法話(令和3年)

我がことよりも相手のことを思えたらいいですね

「和顔愛語にして、意を先にして承問す」(仏説無量寿経)

本堂にお参りされても、仏様がご安置してある正面(内陣(ないじん)といいます。ちなみに皆様が座られるところは外陣(げじん)といいます)をじっくりとご覧になる機会は少ないかもしれませんね。ここで簡単にご紹介します。まず正面が阿弥陀(あみだ)如来(にょらい)の立像です。向かって右側が浄土真宗を開かれた親鸞(しんらん)聖人(しょうにん)の画像、そのさらに右側が七(しち)高僧(こうそう)(インド・中国・日本の七名の僧侶の方々)の画像です。左側に目を移しますと、本願寺の第八代門主の蓮如(れんにょ)上人(しょうにん)の画像、そのさらに左側が日本に仏教を正式に取り入れたとされる聖徳太子(しょうとくたいし)の画像です。折角なのでお一人お一人のご紹介をしたいところなのですが、今回は蓮如上人のみご紹介をいたします。

蓮如上人の事績で特筆されるものの一つが御文章(ごぶんしょう)(お手紙)です。多くの方に教えを伝える為に、平易な言葉で書かれたもので、当時では画期的な「文書伝道」です。お葬式の時に「白骨(はっこつ)の御文章」を拝読しますのでご存知の方もいらっしゃると思いますが、これも御文章の一つです。

さて、この蓮如上人の言行録的なものである「蓮如上人(れんにょしょうにん)御一代記聞書(ごいちだいきききがき)」には、(195)「他人の悪いところはよく目につくが、自分の悪いところは気づかないものである。もし自分で悪いと気づくようであれば、それはよほど悪いからこそ自分でも気づいたのだと思って、心をあらためなければならない。人が注意をしてくれることに耳を傾け、素直にうけいれなければならない。自分自身の悪いところはなかなかわからないものである」と、蓮如上人は仰せになりました、とあります。

コロナ禍になり、たまに『県外ナンバーですが、鹿児島県在住です。』と書いてある張り紙を見かけることがあります。そういえば県外ナンバーへの嫌がらせがあっというテレビの報道を何度も見ました。また、「私は花粉症ですよ。」という、バッチを配布している所もあるという新聞記事も読みました。以前ではなかったのでしょうが、他人のくしゃみが気になる人が八割もいるそうで、かく言う私も花粉症ですので肩身の狭いおもい、やるせない気持ちになりました。マスクに直接「私は、花粉症です」と書いてあるということでした。見聞きするたびに世知辛い世の中ではないかなあと思います。

こんな中でふと思い出すのが、父の言葉です。私がサッカー部で活動している時に、いつも観戦に来てくれていた父が私に、「フォワードのお前が、せっかくデフェンスが体を張って止めたボールをなんで簡単にとられるのよ」と言ったのです。ただこれだけなのですが忘れることはありません。私を叱責しているというよりも、どんな時も仲間のことを思いやりなさい。と教えてくれていたのではないかと思います。仲間はもちろん、いつでも相手の事を思いやれる、今こそこのことがとても大事だと思われてなりません。

『和顔愛語にして、意を先にして承問す』(仏説無量寿経)
 我がことよりも相手のことを思えたらいいですね

*和顔愛語…やわらかな笑顔とやさしい言葉。*承問…相手の意思を先んじて知り、その要求を満たすこと。


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